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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)1586号 判決

原告

山田康子

右訴訟代理人

大深忠延

中村悟

被告

株式会社ナショナルエイデン

(旧商号日本貴金属株式会社)

右代表者

永田輝秀

被告

永田輝秀

被告

永田えみ子

被告

長瀬克行

被告

黒田博海

被告

金子司郎

被告

岩田仁宏

被告

名切順一

被告

鮫島武彦

被告

兼村昌昭こと

金成斗

被告

勝政康夫

右被告ら訴訟代理人

井門忠士

被告

瀧口悳也

右訴訟代理人

井門忠士

中谷茂

主文

一  被告らは各自原告に対し、金二一二万二九二一円とこれに対する、被告永田輝秀、同永田えみ子は昭和五七年四月一四日から、被告株式会社ナショナルエイデン、同長瀬克行、同黒田博海、同金子司郎、同岩田仁宏、同名切順一、同鮫島武彦、同兼村昌昭こと金成斗、同勝政康夫、同瀧口悳也は同年三月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金二三三万二九二一円とこれに対する被告永田輝秀、同永田えみ子は昭和五七年四月一四日から、その余の被告らは同年三月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第三項と同旨

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

被告株式会社ナショナルエイデン(以下被告会社という)は、もと日本貴金属株式会社の商号で昭和五四年二月一日、金地金等の売買等を目的として設立された会社で、当初「大阪金為替市場」と称するブラックマーケットで、金先物取引の欺瞞的商法で顧客を誘引し、多数の被害者を発生させていたが、昭和五六年九月二四日同市場での金先物取引が政会措置により法律上禁止されたとしてその売買方法をとりやめ、同時期より新たに海外市場である香港金銀業貿易場での「香港純金塊取引」の受託業務を開始したもので、被告永田輝秀は被告会社の代表取締役、被告永田えみ子、同長瀬克行、同黒田博海、同金子司郎、同岩田仁宏、同名切順一は同社の取締役であり、被告鮫島武彦、同兼村昌昭こと金成斗、同勝政康夫、同瀧口悳也は被告会社の従業員として原告との取引に直接関与したものである。

原告は、右取引が現物取引であると欺岡されて被告会社の顧客となつた当時五六歳の退職婦人である。

2  被告らの不法行為

(一) 被告らが行つていた取引

被告会社のいう「香港純金塊取引」とは、被告会社が加盟している香港ゴールドトレーディングユニオンが香港金銀業貿易場会員である寳發金號の日本にとける総代理店であり、被告会社は右ユニオンに加盟する一代理店として顧客を勧誘し、その受託を受けるや、右ユニオンを経由して寳發金號が同貿易場で金の取引をなすことになつており、金地金の規格は純度九九パーセント以上のものを取扱い、取引単位は一ユニット(一〇〇テール、グラムに換算すると3.7425キログラム)、価格は香港ドル建てであつて、現物(無限)取引とでも称すべき取引で、いわば商品の先物取引または株の信用取引に類似する取引で、現物の取引を無限に延期することができる代わりに、一定の手数料、さらにプレミアム及び倉庫料を要するという取引であるとのことであつた。また、前記ユニオンの説明では、一ユニット当り金一〇〇万円の受渡代金で、売・買手数料は五万円、当日受渡しできないときは、売・買にかかわらず一ユニットにつき四香港ドル、プレミアムは一〇テール当の貿易場公示の金額を支払うとのことである。しかし、香港金銀業貿易場は、自然発生した中国人だけの土着的閉鎖的かつ仲間うちの取引場といわれており、その取引の実態は日本において十分知られているとはいえない。

(二) 原告と被告会社の取引経過

原告は、昭和五六年一一月一三日、被告鮫島から金の現物を提示され、金を持つことが将来大変有利である旨の勧誘を受け、金地金の現物を買うことを勧められて、一〇〇万円分の金を買うとの約束をし、同日内金一万円を支払い、翌一四日、残金九九万円を支払うのと引換に現物を引取るべく被告会社に赴いた。すると、被告鮫島の上司であると名のつた被告兼村が原告の応接にあたり、午前一〇時から午後三時頃までの五時間にわたつて、現物は香港にあり、取引単位は大体三〇〇万円単位となつている。半月か一か月後少しでも値上りした時点で金の現物と値上り分から手数料を引いたものを渡すと言い、被告会社を絶対に信用してほしいと執拗に反復し、固辞する原告に対して新たに追加注文をなす旨の文書に署名捺印することを強要した。これにより原告は一一月一六日定期預金を解約して金二〇〇万円を被告会社に預託させられることとなつた。一一月一九日、今度は被告勝政が自分が原告の担当者に代つた、その挨拶をかねて来訪したとして、金の値が下つたのでこの場合金を反対に売つて損を防ぐことができる、これは会社内部の操作であり、原告に迷惑をかけないので了解を得たいと言つて文書に署名捺印を求めたため、原告はこれに応じた。ところが、八日後の一一月二七日、被告勝政の上司と名のる被告瀧口が原告を訪問し、被告勝政は今出張中で来られない、実は三〇〇万円を被告会社が立替えている分を支払つてほしい旨迫つたので、原告はそれまで半信半疑で被告会社のいうことに応じてきたが、ここで明確にその取引のカラクリに気付き、弁護士に相談した。

(三) 詐欺的勧誘、取引の強要

被告会社の従業員らが、被告会社の行う取引業務が第一項記載の如きものであり、また右取引の仕組みが後記のとおりであることを原告に告げなかつたこと自体、取引の本質を隠したものであつて詐欺行為に当り、また、本件取引が現物取引であるように申し向け、被告会社へ現物の引取に赴いた原告に対して「現物は香港にあり、取引単位が三〇〇万円である。半月か一か月後、値上がりした時点で現物を渡すとか値上り益がとれる」とか虚偽の事実を申し向けて原告を欺罔し、買増しを強要して金銭を交付させた。

(四) 不当勧誘、不当業務遂行

本件取引は、先物取引の形態を用いた欺瞞的商法である。国内商品取引においては法律、取引所準則、指示事項等により投資家保護のための厳しいルールが確立しているが、海外取引においては、国内の先物取引における固有の危険性のほかに、一般に海外市場の取引の仕組の理解が困難であること、業者による注文ないし受送金が誠実になされているか否か顧客の方で確認することができないこと、時差、為替等の要因も絡んで取引のリスクは一層大きいものである。

しかるところ、被告会社は、無差別電話によつて客の勧誘を開始し、先物取引の知識、経験のない主婦等を顧客とし(原告も退職して家事に従事する主婦である)、勧誘に際しては、先物取引としての取引の仕組、相場変動によるリスクを明らかにせず、三〇〇万円が一口と言つたり、現物取引と同じようなものであると説明し、絶対に損はさせないと言つて勧誘し、勧誘後は担当者を次々と変え、損失をくい止めるためと称して両建を勝手に建て、その追認文書をとり、後日両建の代金の請求に及んでいるものである。

(五) 重要事項の告知義務違反

原告は、被告会社から取引の仕組等が理解できる文書等は一切交付されておらず(取引承諾書においては「香港純金塊交易パンフレット」なるものを前提としているが、これすらの交付も受けていない)、文書の交付を受けても通常人ではとうていこれを理解することができないもので、右取引の重要事項につき告知を受けていたら、原告は本件売買をしなかつた。

(六) 取引の仕組自体の違法

被告会社と原告を含む一般顧客との取引は、香港金銀業貿易場における取引方法と成立価格等の関係に照らして、顧客に対し現物の授受をなさず、同貿易場でなされる金地金の午前、午後における始値、終値の金相場を利用して差金を授受させることを企図したものである。被告会社は、営業方法として、顧客の買注文に対して必ず同数の売注文を自己玉として建て、売り買い同数にして香港に注文をしており、換言すれば、顧客と被告会社とは損益が対立する関係にあり、顧客に損失を負わせることが被告会社に利益をもたらす仕組となつており、そうすると、会社の運営上は顧客に被害の発生することが必要的であつて、これは相場の戦いに敗れた損とは本質的に異なり、顧客を牛耳つて、予定どおり損失を生み出す右の如き全量向い玉の取引仕組自体違法と言わねばならない。

(七) 公序良俗違反

一般の顧客にとつては金地金についての知識が十分でなく、売買方法を確立されていない状況において、本件取引が海外取引であるだけに、現実には金地金の純度、取引単位、取引方法、価格決定方法、代金送金方法、為替換算上の問題などを適正に行うことは著るしく困難であつて、現物取引という名のもとに顧客を勧誘し、かかる海外取引の受託業務を実施すること自体公序良俗に反し、反社会性を帯びたものというべきである。

3  被告らの責任

被告会社は、さきに述べたとおり大阪金為替市場で違法な金先物取引を実施していたが、金の政会指定を受けて、急拠「香港純金塊取引」の業務に転じたものであるが、その実態は会社ぐるみで悪質欺瞞的商法により一般大衆から金員を収奪しようとし、被告らは右の詐欺的商法により原告に損害を負わせたものであるから、民法七〇九条により責任を負う。

4  原告の損害

(一) 財産的損害

原告は、被告会社に対して受渡代金名下に昭和五六年一一月一三日金一万円、同月一四日金九九万円、同月一六日金二〇〇万円の合計金三〇〇万円を交付したが、被告会社からは清算金名下に金一〇七万七〇七九円の返還を受けただけで、損害額は金一九二万二九二一円となる。

(二) 慰藉料

原告は、被告会社の従業員から前記のとおり金の現物取引であるなどと欺罔されて本件取引を開始したものであり、被告らは現物は今無いと言つてこれを渡さず、五時間も原告をひきとめて買増しを強要し、その挙句損害防止策と称して反対売を操作して立替金を要求するなどし、その間原告は不安、動揺、恐怖におちいつたもので、右の精神的苦痛を慰藉するに相当な金額は金二〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用〈省略〉

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、被告会社がもと日本貴金属株式会社の商号で昭和五四年二月一日、金地金の売買等を目的として設立された会社であり、海外市場である香港金銀業貿易場での「香港純金塊取引」の受託業務を行つていたこと、被告鮫島、同兼村、同勝政、同瀧口が被告会社の従業員であつたこと、同人らが原告との取引に関与したことは認め、その余の事実は否認する。

2  同2につき、

(一)の事実は、被告会社が行つていた取引が商品の先物取引又は株の信用取引に類似するものであつたことは否認する。なお、香港金銀業貿易場は市場として歴史も古く、そこで形成される金価格は国内業者も値段算定の基礎にしている。

(二)の事実は、被告鮫島が原告に金取引の勧誘を行い、被告兼村、同勝政、同瀧口らが右取引に関して原告に応待し、被告会社と原告とが金取引を締結し、被告会社が原告から金取引受渡代金として金三〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。本件取引の経過は後記のとおりであつて、被告会社従業員は取引の仕組について原告に十分説明を行つている。

(三)ないし(七)の事実はすべて否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  本件取引の経過は次のとおりであつた。

被告鮫島は、被告会社本店営業部第四課主任であつた昭和五六年一一月一三日、原告とあらかじめ約束した時間に原告方を訪問し、パンフレットを用いたり、紙に書くなどして被告会社が香港ゴールド・トレーディング・ユニオンを通じて行つている香港金銀業貿易場での金取引の説明を行い、原告に取引の開始を勧誘したところ、原告は取引したい旨の意思を表明した。そこで、被告鮫島は原告に対し、香港純金塊取引顧客承諾書及び同取引承諾書を原告に手渡し、これを熟続ママして納得のうえで署名願いたい旨申入れたところ、原告は右の書面を読んで署名押印した。そして原告は一ユニットの買注文を行い、右取引に必要な最低受渡代金一〇〇万円の内金として金一万円を支払つたうえ、残金九九万円を翌一四日に支払う旨の念書を差入れた。被告会社は原告の右注文を受けて買付報告書を作成し、原告に送付ずみである。

一一月一四日、被告兼村は被告鮫島に代つて原告方に金九九万円の集金に行き、右金員を受領して、金一〇〇万円の香港純金塊取引受渡代金受領書を原告に交付した。原告は、同日、被告会社に対して、さらに二ユニットの買注文をしたい旨を被告兼村に申入れ、注文書に署名捺印した。右取引に要する受渡代金は金二〇〇万円であるが、原告は右代金を同月一六日午後五時までに現金にて支払う旨の念書を差入れた。被告会社は右の買注文を受けて同日付買付書を作成し、原告に送付ずみである。被告兼村は同月一六日原告方に赴き、金二〇〇万円を集金し、受領書を原告に交付した。

一一月一九日、被告勝政は、金が値下り気運にあつたため、早朝原告に電話で三ユニットの売り建を勧めたところ、原告は被告勝政の判断に従うとして右三ユニットの売注文をする旨意思表示をした。被告会社は前場一節で三ユニットの売注文を通し、同日午後被告勝政は原告方を訪問して原告から売注文書をもらつた。被告会社は売付報告書を原告に送付ずみである。

右のとおりであつて、被告らには何ら詐欺的勧誘や取引強要の事実は存しない。

2  ところで、昭和五六年一一月二二日頃、被告瀧口は同月一九日の三ユニットの売注文の受渡代金を原告方に集金に行つた。原告は、一〇〇万円くらいは用意できるが残りの二〇〇万円については段取りがつかないので返事を待つてほしい旨申し入れた。被告瀧口はこれを了解して帰社した。ところが、翌日になつて本件原告代理人から三〇〇万円は入金しない旨の申し入れがあり、その後被告会社の常務取締役である被告岩田と原告代理人との間で交渉が開始された。右の交渉において、原告代理人から同月二七日付で一切の取引を清算してほしい旨の申出があり、被告会社はすべての取引を解約清算したところ、原告に返却すべき金員は金一〇七万七〇七九円となつた。被告会社は右の精算書を原告代理人に手渡してその内容を確認してもらつたうえ昭和五七年一月二六日右金員を同人に交付した。

従つて、右清算金の支払により原告と被告会社の取引は一切終了し、双方とも何らの債権債務を有しないものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者等

被告会社が、もと日本貴金属株式会社の商号で昭和五四年二月一日金地金の取引を行うことを目的として設立され、香港金銀業貿易場での「香港純金塊取引」の受託業務を行つていたこと、被告鮫島、同兼村、同勝政、同瀧口が被告会社の従業員であつたこと、右被告らが原告との金取引に直接関与したことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、被告会社はもと私設市場である大阪金為替主場次いで大阪金為替市場組合で顧客の注文により金地金の「予約取引」を行つていたが、昭和五六年九月一六日金が商品取引所法二条二項に基づく政令指定商品と指定されたため、海外市場である香港金銀業貿易場での取引に業務を移したもので、被告永田輝秀は代表取締役、被告永田えみ子、同長瀬、同黒田、同金子、同岩田、同名切は取締役の地位にあり、被告黒田は業務の全般を統括し、被告長瀬は営業の責任者的地位にあつたものであること、一方、原告は昭和五五年三月に小学校教員を退職して家庭にあり、これまで金地金の取引等はもとより商品や証券の取引を行つたこともその知識も有していない主婦であることが認められる。

二本件取引の仕組

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  被告会社が香港純金塊取引と称して行つていた取引は、被告会社が顧客から金地金の取引の委託を受けると、寳發金號の日本における代理業務を行つている香港トレーディングユニオン(代表者久保田洋一・同ユニオンは、被告会社や同業の三洋交易株式会社、日立商事株式会社が国内での金取引の政令指定後香港金銀業貿易場での取引に業務を移すについて昭和五六年九月頃に結成した匿名組合的な性格のものである)を通じて金取引を行うことを内容とするものである。

2  香港金銀業貿易場は、もつぱら中国人の会員のみで構成されており、取引時間は前場が午前九時三〇分から午後〇時三〇分(日本時間午前一〇時三〇分から午後一時三〇分)、後場が午後二時三〇分から午後四時三〇分(日本時間午後三時三〇分から午後五時三〇分)、但し、土曜は前場だけで午前九時三〇分から午後〇時(日本時間午前一〇時三〇分から午後一時)となつており、金の取引単位は一〇〇テール(3.7425キログラム)を一ユニットとし、呼値は一テール当りの香港ドル価格で行われており、そこで取引される金は純度99.00パーセントの金塊である。取引方法は、多数の金員のうち取引の数量、価格の一致したもの同志が個別に売買を成立させる形態のいわゆるザラ場方式で、取引価格については前場、後場の各始値、終値の四つの価格、その日最高値と最低値が公表される。取引の形態には、代金の支払と金地金の引渡が即日なされる現物取引も存しないわけではないが、殆んどは右代金の支払と金地金の引渡が翌日以降にもち越されるオーバーナイト取引と称されるものであつて、オーバーナイト取引の場合、会員は顧客から金地金価格に対する一定の割合の証拠金を受取り、手数料のほかに保管料等を支払つて取引を繰り延べるのであるが、同時に貿易場では、商品の需給関係をみてプレミアムを課しており、右のようにして顧客はその欲する期間だけ商品の引取りあるいは引渡を延期できるが、将来のある時期には必ず決済しなければならないものであり、ただ顧客はその中途で転売、買戻により差金決済して取引を終えることができるものである。

3  被告会社の場合もその扱う取引はオーバーナイト取引がほとんどであつて、被告会社は、取引を勧誘した顧客から被告会社所定の香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引同意書を徴し注文書により注文を受けると、各顧客の注文を一本にまとめて香港トレーディングユニオンに電話で被告会社の名で注文を入れ、同ユニオンは直ちに香港の寳發金號に対してテレックスで注文を通す。寳發金號は貿易場で注文にかかる取引を成立させると、成立した取引価格等を右ユニオンにテレックスで連絡し、ユニオンはこれを被告会社に電話で通知する。ユニオンは右通知後あらためて売付報告書、買付報告書等を被告会社に送付して取引内容を報告し、被告会社はこれに基づき、顧客に対し売付又は買付報告書を作成して顧客に郵送する。

被告会社は、まとめた顧客からの買い注文を通すときあママいは買い注文が売り注文を上まわるときなどの場合には、いわば自己玉として売りを建て、常に売り買い同数の状態で貿易場に注文を通す仕組をとつていた。また、香港金銀貿易場の取引はザラ場取引であり、寳發金號がそこで成立させた取引価格は個別的相対的な価格であつて前場、後場の始値、終値と常に一致するとは限らないものであるが、被告会社は寳發金號からの連続に基づく右の始値、終値で顧客への買付又は売付報告を行つていた。

三本件取引の経過

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、右の認定に反する右被告各本人の供述部分は原告本人の尋問の結果と対比して措信することができない。

1  被告会社は、顧客の開拓については女子事務員が無差別的に客となるべき者に電話をかけ、関心を示した者の住所、氏名を書きとめ、これに基づき営業部員が自宅を訪問し金取引を勧誘する方法をとつていて、対象とした客は女性の場合が多かつた。また、営業部員が勧誘に成功して取引を成立させたのちは、管理部が客をひき継ぎ金の買増し、代金の授受、清算等を行う態勢をとつていた。

2  原告は、小学校の教員を退職後ひとり家庭にあつた主婦であるが、昭和五六年一一月一二日、被告会社の女子事務員から「金の話を聞いてほしい」旨の電話を受け、「お金はないが、話を聞くくらいならどうぞ」と応答したところ、翌一三日、被告会社の営業部に所属していた被告鮫島の訪問を受けた。被告鮫島は原告に対して金ののべ板を示し、金相場の動きについて一応の説明をしたあと、「会社をひろげたいと思つている。決して迷惑をかけないから協力してほしい」と申し向けて金取引を行うことを勧誘し、原告はその際の被告鮫島の言辞から金の現物を買うものと理解し、一〇〇万円程度の金塊なら買つてもよいと考え、折りから帰宅した原告の娘が原告に代つて被告鮫島がさし出した注文書に署名押印した。原告は、被告鮫島から被告会社が行つている香港純金塊取引の仕組や内容について、また、右注文書が取引の数量単位をユニットとし、価格についてもテール当りのものを基準としていることについても何ら説明を受けず、金一〇〇万円により当時の時価であつた一ユニット当り約一〇〇〇万円前後の金の売買取引を行うものであるとは全く知らなかつた。原告は当日とりあえず金一万円を支払い、残金九九万円は翌日支払う旨告げたところ、被告鮫島は念書を要求し、原告の娘が原告に代つて残金九九万円を翌日支払う旨の念書を作成して交付した。

3  翌一四日、原告は残金を支払つて金塊を受取るべく、郵便局の定額預金を解約して被告会社の方で用意した自動車で被告会社に午前一〇時頃赴いた。被告会社では被告鮫島ではなく同じ営業部に所属していた被告兼村が応待に出た。原告は同被告が差出した香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引承諾書に前日の一一月一三日付で署名押印させられた。原告は残金九九万円を支払い、金一〇〇万円の受領証を受取り、金塊の引渡を求めたところ、ここで被告兼村は、「現物は香港にあつて渡せん。取引の単位価格は金三〇〇万円であつて、他の客との組み合わせで買うようになつている。一〇〇万円ではほんの少しの現物だし取り寄せに手間と日数がかかつて損である。証券で持つていた方が良い」と告げ、右のようなやりとりがあつたのち、被告会社が信用できる会社であるなどと説明を行つた被告兼村は原告を午後三時頃までひきとめて、金をさらに買増しするよう執拗に申し向け、それまで長時間つき合わされた原告は、被告兼村の説明から、一〇〇万円では駄目で三〇〇万円でないと売買の対象にならないというのであれば、この際あと二〇〇万円を払つて早く取引のケリをつけたいという思いもあつて、仕方なく二ユニットの買増しに応ずる旨返答した。被告兼村は同日原告に伊丹市の自宅まで同行し、原告は自宅で二ユニットの買い注文書に署名押印した。原告は、右の二ユニットの受渡代金に相当する金二〇〇万円を一六日午後五時(一五日は日曜日)までに必ず支払う旨の念書を書かされた。その後、原告は前記取引顧客承諾書や取引同意書の文言に目を通し、その意味するところが到底完全には理解できなかつたが、自分が理解していた取引と異なり、かつ被告会社だけに有利な文言となつているようにも思われたところから、その翌日頃被告兼村に電話で取引をやめにすると通告したが、被告兼村は、「初めての人はみんなそうだろう。心配いらん。半月か二か月程度のことだから気にしなくてよい」と取りあげなかつた。原告は一六日金二〇〇万円を支払つた。なお、原告は、被告会社から一ユニットについての一三日買付報告書、二ユニットについての一四日付買付報告書の送付を受けた。

4  その一両日後、原告は被告兼村から金の価格が下つた、損をとりもどすためにここでもう一度買つてみてはどうかと電話を受けたが、はつきりと拒絶した。管理部に所属していた被告勝政は右の段階で客としての原告をひき継いだ。同月一九日、被告勝政は原告方を訪れ、「金が暴落している」と告げ、損を防ぐ方法としては、いわゆるなんぴん買いと反対売買による両建ての方法があると説明を行つたが、これには原告としては新たな受渡代金を必要とするところ、被告勝政は「下つた時に買つて上つた時に売るということは会社の内部で操作する。あなたの財産を守るためにするのだから心配いらない。判だけ貰えばよい」と告げ、原告は被告兼村の言葉を信用して同日付で三ユニットの売り注文の注文書に署名押印した。原告は右の売り注文には新たに代金を必要とすることの説明を受けておらず、被告勝政も原告に対して代金の支払時期を確約させるなどのことはしなかつた。

5  同月二六日頃、原告は被告勝政の上司である被告瀧口の訪問を受けた。被告瀧口は、被告勝政には説明不足の点があつたとして、一九日の三ユニットの売りについての受渡代金三〇〇万円を早く払つてほしい旨要求し、これに対し、原告は、話が違う、勝政を呼んでほしいと告げたところ、被告瀧口は係が変つたなどとその言い訳をした。原告は被告瀧口に引き取りを願つたあと新聞社を通じて知つた原告代理人に解決を依頼した。

6  その後、原告代理人と被告会社との間で交渉が行われ、被告会社は取締役である被告岩田が右交渉に当り、話し合いによる解決も検討されたが和解成立に至らず、原告代理人は、昭和五七年一月二六日、被告会社が本件取引に基づく原告に対する精算金であると主張する金一〇七万七〇七九円をとりあえず被告会社から受領した。

四被告らの責任

以上一ないし三の事実を総合すると、被告会社が香港純金塊取引の名で行つていた本件取引はその実体において先物取引と何ら異なるものではないうえ、被告会社は常に顧客の注文と反対の売買を建て売買同数量で注文を行つていたことからすると、相場の変動により客に損失を生ずるときは被告会社に利益を生じるという両者の利害が対応する関係におかれ、本件取引が海外市場での取引であつてその実態が一般の顧客によく知られておらず、顧客が値動き等について情報をもたない場合には、被告会社で有利な価格の時期を選んで客に取引の清算等をすすめることもなし得ないではない取引であつて、被告会社の従業員である被告鮫島らは、およそ先物取引について何ら知識を有しない原告に対し、本件取引について十分な説明を行うことなく、迷惑はかけないと告げ、金の現物の売買であるかの如く誤信させ、本件取引が安全であるなどとしてさらに買増しを決意させ、念書を徴するなどして強引に取引を維持させようとし、その方策としてその都度異なる担当者が原告との応接を行つていたもので、本件取引は社会的に許容されない違法なものというべきである。

そして、被告会社の営業形態、本件取引の経緯、態様等に照らすと、右の行為はいわば被告会社の営業方針として役員や従業員等が会社ぐるみでこれを行つてきたもので、直接業務に関与しない役員や業務の一部しか担当しない従業員も右取引の態様や発生する結果については認識していたものというべきである。

とすれば、被告会社、被告会社の取締役あるいは原告との取引行為に直接関与した従業員である被告らは、共同不法行為者として原告が被つた損害を賠償すべき義務を負うものである。

なお、被告らは原告との和解の成立を主張するが、この点の事情は前記三の6認定のとおりであつて、これを認めることができない。

五損害

1  前記三認定の事実によれば、原告は金取引の受渡代金名下に合計金三〇〇万円を被告会社に交付したものであるが、精算金名下に金一〇七万七〇七九円の返還を受けたにとどまり、金一九二万二九二一円の損害を被つていることは明らかである。

2  前記三認定の事実によれば、原告は被告らの不法行為により精神的苦痛を被つたことは否定できないが、本件においては、原告にも積極的に契約内容等について検討を加えたり、その細部について被告の従業員に質問するなどせず、たやすく本件取引に応じた一面が存するというべきであり、その他諸般の事情を勘案すると、被告らに右原告の精神的苦痛の慰謝を命ずるのは相当でないというべきである。

3  本件被告らの不法行為の態様、本件訴訟の経緯その他本件に顕われた諸事情を参酌すると、弁護士費用としては、金二〇万円が被告らの違法行為と因果関係がある損害と認めるのが相当である。

六結論

よつて、原告の請求は、金二一二万二九二一円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが一件記録により明かである被告永田輝秀、同永田えみ子については昭和五七年四月一四日から、その余の被告らについては同年三月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(朴木俊彦)

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